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2011年04月27日

災害支援18

石巻市街地に入ると前夜テントを張った小学校に戻りました。

昼過ぎに着いたのですが、ボランティアの方が沢山見えて

郊外への物資運搬の指示や物資振り分けにてんてこ舞いでした。

ここで我々が朝から牡鹿半島を回ってきたことを告げるとともに、

情報交換をしました。

我々の残った物資が子供服であることを踏まえると、

一時的に物資を保管するボランティアセンターに届けるのが良いのではないかと

アドバイスいただきました。

といいますのは、子供達の多くが被災地から非難しており、

現地にとどまっておらず、子供服が必要となるのは新学期が始まるタイミングや

仮設住宅が出来上がって戻ってくるタイミングではないかということからでした。

そこで場所を確認し、通行可能なそこまでのルートも教えていただき、

石巻のボランティアセンター拠点である、専修大学石巻校に向かいました。

そこは高台ではないのですが、海岸線から離れており、

津波の被害はあまり受けているようには見えませんでした。

広大なキャンパスにはボランティアや自衛隊のテントサイトがあり、

校舎の一部に物資の分別作業を行っている所がありました。

その教室に我々の運んだ物資をバケツリレー。。。。

サイズ別に中身がわかるように分類されていたことで学生さんに大変喜ばれました。
(飛騨の皆さんのご協力のたまものです。)

さて、ここでようやくすべてのお預かりした物資はすべて無事に現地に届け、

最後に下ろした一部のもの意外は直接被災者の皆さんに渡すことが出来ました。

100%ではありませんが「直接被災者の方に手渡す」というお約束はほぼ守れたと思います。


荷台に残っているのはテントや寝袋、自分たちのための食料、帰りの燃料。。。。

すっかり軽くなったトラックを走らせ、石巻を後にしました。

するとまもなく雨が降り始めました。

現地の活動の間好天に恵まれたのは助かりました。


途中寄付していただいた燃料をPAで給油しながらひたすら高山を目指しましたが、

疲れと、睡眠不足、時折雪混じりの激しい雨でペースが上がりません。

そんな訳で、途中新潟で今回の活動支援者のアパートに泊めて貰うことにしました。

アパートにつく頃には雨も上がり、また、

暖房の効いた暖かい部屋で休めることのありがたみを痛感した一晩でした。

H君 一晩有難うございました。


翌朝出発しようとすると、H君が気付きました。

「燃料タンクのキャップがないぞ!」

磐越道で給油したときに閉め忘れたのです。

私も同伴者も呆然。。。。。。

また何百キロももどるのかーー;)

戻っても見つからないかもしれないし、踏まれて壊れているかも、、、


仕方ないのでどこか車屋さんで購入するか。。。。

などと相談していると、、、、


なんと


タンクの上にさかさまに載っていました。

良くぞ何百キロも転げ落ちずに載っていた物だ と。。。。

まさにありえない奇跡に呆然とし、三人で歓喜に沸きました。

その後朝食を途中ですませ、ひたすら高速を走ります。

今度は燃料キャップを閉め忘れないように気をつけて給油しながら。。。。

H重機社長に寄付していただいた燃料で高山にたどり着き、

さらに高山では空いたタンクにS商事さんが満タンにしてくれました。

S商事さん、上司に交渉してくれた営業のHさん、有難うございました。


このあとレンタカーをまた下呂まで返しに行ってくれた、

同伴者の居酒屋大将T君 お疲れ様でした。有難うございました。



つづく























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Posted by 木流 at 17:35Comments(1)TrackBack(0)ひとりごと 

2011年04月08日

災害支援17

そこからごく近いところに

教えていただいた小さな避難所を知らせる看板ががありました。


トラックは入っていけそうに無かったので、

徒歩でわき道を登っていくと、

そこでは谷水を利用して、

数人の方が色々洗っていました。


物資を届けに来たことを告げ、

何か必要な物がないか見てもらうために

一緒にトラックまで来ていただき、希望の物資をおろしていきます。


そこでもダンボールに中身が書いてあったことと、リストがあったので、

照らし合わせながら必要な物を効率よく下ろす事が出来ました。


徒歩での運搬でしたが台車を貸していただけたので、そこに積み込んで運びました。




やはり小さな避難所では必ずしも物資が行き届いていないことがわかりました。



その避難所を後にし、回りを気にしながらゆっくりと朝一番に訪れた小学校をめざします。

再び訪れたその場所に積荷の奥から出てきたおコメ二袋を下ろし、

さらに、飛騨の皆さんに記帳していただいたノートも渡して来ました。

燃料を入れてくれるということでしたが、

時間の割に距離はたいしたことなく、それほど燃料は減っておらず、

なにより貴重な燃料ですから、お気持ちだけ頂きこの地を離れました。


最後に撮った写真。



皮肉にもこの時点で残った積荷の多くはベビーや小さな子供用でした。


このようなひどい被災した環境で赤ちゃんや小さな子供が過ごすことは

難しいからでしょう。震災から約1週間経過したこの時点では

多くの子供は親類などの被災地ではない所に避難済みだったようです。

もう少し早く来ることができていればと少々悔やまれました。


そしてこの牡鹿半島をあとにし、

最後に残ったベビー服を必要とする場所を探しに石巻市街地に戻ることにしました。










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Posted by 木流 at 09:50Comments(0)TrackBack(0)ひとりごと